願いと罪悪感の切り分け方|望むことを悪いものにしない練習

願いと罪悪感の切り分け方|望むことを悪いものにしない練習
ボーナスが入った日、欲しかったバッグを、ようやく買うことができた。
ある女性は、そのバッグを手にした瞬間、嬉しさよりも先に、別の感情が湧いてきたと話していました。
「こんな高いもの、私が買っていいのかな」
家族に見せるとき、思わず「セールで安かったから」と、価格を少し低く伝えてしまった自分にも、後から気づいたそうです。実際には、セールではなく、定価で買ったものでした。
彼女は、欲しいものを手に入れたはずなのに、その後ろめたさが、喜びの感情を、半分くらい覆い隠してしまっていたのです。
望むことに、罪悪感を感じてしまう。これは、決して珍しいことではありません。多くの人が、何かを望み、それを手に入れるたびに、こうした、小さな後ろめたさを、一緒に抱えています。
望むことに罪悪感が出る人は多い
なぜ、こんなに多くの人が、望むことに、罪悪感を持ってしまうのでしょうか。
一つの理由として、「欲しがることは、贅沢で、よくないことだ」という価値観の中で育ってきた影響があります。我慢すること、控えめでいることが、美徳として教えられてきた環境では、自分の欲求を、はっきりと持つこと自体に、抵抗を感じやすくなります。
もう一つの理由として、「自分が満たされることで、誰かが、その分損をしているのではないか」という、漠然とした不安があります。先ほどの女性も、振り返ってみると、「自分が良いものを手に入れたら、家族や周りの人と比べて、申し訳ない気持ちになる」という感覚を、ずっと持っていたことに気づいたそうです。
どちらの理由も、あなたの性格が、特別に弱いとか、おかしいということではありません。多くの人が、似たような感覚を、知らず知らずのうちに、抱えています。
欲しいものと、誰かを傷つけることは別
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。
欲しいものを望み、それを手に入れることと、誰かを傷つけることは、まったく別のことです。
先ほどの女性が、バッグを買ったことで、誰かが、何かを失ったわけではありません。彼女が、自分の働いて得たお金で、欲しいものを買った。それだけのことです。
罪悪感が強い人ほど、この二つを、頭ではわかっていても、感覚としては、なぜか結びつけてしまいます。「私が満たされること」イコール「誰かが損をすること」という、根拠のない方程式が、心の中に、いつのまにか出来上がっているのです。
この方程式は、実際には、ほとんどの場面で成立しません。あなたが何かを望み、それを受け取ることは、基本的に、誰かを傷つける行為ではありません。
「私だけ幸せになっていいの?」をほどく
罪悪感の奥に、よくある問いがあります。「私だけ、幸せになっていいのだろうか」。
この問いは、特に、身近な人が、何かに困っている、あるいは、思うようにいっていないときに、強くなりやすいものです。家族が経済的に厳しい状況にあるとき。友人が、恋愛で苦しんでいるとき。自分だけが、満たされた状況にあることが、なんとなく、申し訳なく感じられてしまう。
ここで、少し考えてみてください。あなたが、自分の幸せを我慢することで、その人の状況は、本当に良くなるでしょうか。
多くの場合、答えは、いいえです。あなたが望むものを我慢しても、相手の状況が、それによって改善するわけではありません。あなたの我慢は、誰の助けにもならず、ただ、あなた自身が、満たされない時間を過ごすだけになってしまいます。
「私だけ幸せになっていいのか」という問いは、優しさから生まれた問いですが、実際には、誰の幸せも増やさない、ただの自己犠牲になってしまうことが多いのです。
願いの奥にあるやさしい動機を見る
望むこと自体に、罪悪感を持っている人ほど、自分の願いの奥に、実は、やさしい動機が隠れていることに、気づきにくくなっています。
先ほどの女性に、「なぜ、そのバッグが欲しかったのか」と聞いてみると、彼女は、こう答えました。「長年働いてきた自分に、何か、ちゃんとしたご褒美をあげたかった」。
これは、決して、わがままな動機ではありません。むしろ、自分の頑張りを、自分自身で認めたい、という、とても素直で、やさしい願いです。
罪悪感を感じている願いの奥には、たいてい、こうした、誰かを傷つける意図とは無縁の、本人なりの、やさしい理由があります。罪悪感に蓋をされてしまうと、その理由まで、一緒に見えなくなってしまいます。
罪悪感をゆるめる書き換えワーク
最後に、望むことへの罪悪感を、少しずつゆるめていくための、簡単なワークをご紹介します。
最近、何かを望んだとき、または、何かを手に入れたときに感じた、罪悪感を、一つ思い出してみてください。
その罪悪感を、ノートに、こう書き換えてみます。
まず、「私が、これを望んだ理由は、何だろうか」と問いかけ、出てきた答えを書きます。
次に、「この願いは、誰かを傷つけるものだろうか」と問いかけ、答えを書きます。多くの場合、答えは「いいえ」になるはずです。
最後に、「この願いの奥にある、やさしい理由を、認めてあげるとしたら、どんな言葉になるだろうか」と問いかけ、書いてみます。
先ほどの女性であれば、こんな言葉になるかもしれません。「長く頑張ってきた自分に、ご褒美をあげたかった。それは、わがままじゃなく、やさしい願いだった」。
この書き換えを重ねていくことで、望むことへの罪悪感は、少しずつ、やわらいでいきます。望むことは、悪いことではありません。その奥にある、あなた自身のやさしさを、丁寧に見つけてあげてください。





